『 苦難の意味(2) 』

◆聖書のヨブ記は、私たち信仰者にとって、ある意味で驚異です。どんなにすばらしい信仰をもっていても、これほどまでの過酷な試練に、私たちは現実に遭遇するのだということをそれは物語っているからです。


◆ヨブ記のクライマックスは、神が、長い沈黙を破って直接ヨブに向かって御声を発せられた第一声は、「わたしが大地を据えたとき、お前はどこにいたのか。知っていたというなら、理解していることを言ってみよ。」(ヨブ38:4)で、これは、一方的に自分の言い分を神に向かってまくしたてていたヨブにとって、冷水を浴びせられたようなものでした。


◆アダムとエバが最初に罪を犯して神から離れた後、神からの第一声が「あなたは、どこにいるのか」という問いかけのことばに通じます。創り主なる神から離れ、ひとり歩きを始めた人間に対して、その存在位置を問い正しています。


◆ヨブは、子どもを失い、財産を失い、健康を害していく過酷な試練、苦悩を味わいました。しかし、彼にとって最大の苦しみはこれらのことが、一時に集中して襲いかかったということというよりも、その苦悩の果てに神が見えないということだったのです。


◆この世で直面する様々な苦悩を突き詰めていくと、ヨブでなくても、究極的には「神が見えない」という絶望の叫びに行き着くのではないでしょうか。