今週の風景 No.368

ガラテヤ書からの公開説教が続いております。




礼拝の中で新成人の祝福の祈りがありました。

「教会の中で生まれ育った子供達が成人かぁ・・・」と感慨深くなります。




私が成人のころは完全に教会から離れていました。

大学に入り一人暮らしを始めて遠ざかった感じです。

「一度離れてみよう!」

と自ら離れた感もあります。

その理由は「xx牧師の息子さん」と言うレッテルが凄く嫌いだったからです。

不思議なもので、学校ではクリスチャンで牧師の息子ということは公認で、メンバー全員礼拝出席することを条件にバンドの練習で教会の教育館を借りたりしていました。


高校の時の卒業文集には

「必ず神はいる! イエス・キリモト」

などと書いたりした事もありました。


外ではクリスチャンで牧師の息子だと胸を張って言えてるのに教会関係者からそう言われるのが嫌だったんですよね。

そういうフィルターを通して観られる事がいやだったんですね。


高校まで礼拝必須の生活をしていたので、教会から離れた頃は日曜日の午前中は落ち着かなかったですね。

遊びに行けるし自由なんですけどね。

不思議なものです。


大学の頃やんちゃし過ぎて色々なテーマで大問題を引き起こし、そこから脱出する度に「神様、守ってくれてありがとう!」と感謝して礼拝に行くのですが続かず・・・


今こうして礼拝を守っていられているのは本当に不思議な事です。

私の信仰の大部分は教会学校で形成されました。

教会に帰って来れたのも、大問題にぶつかったときに神様を思い出せたのも全ては幼い日に学んだ聖書のお話し、教会で過ごした日々だったと思います。


「神様を信じていて本当に良かった!」

そう思える一瞬を大切にしてほしいなぁ・・・とスーツ姿の新成人の後ろ姿を見つめていました。