今週の一面 『救いの御業は神様から』 6/9

◆アロンを助け手として与えられ、ファラオの元へと遣わされたモーセ。イスラエルの民をエジプトから出してほしいと願うもファラオには聞き入れられませんでした。ファラオの心は頑なでした。そんな、頑ななファラオやエジプトに対し、神様は10のしるし(災禍)を起こされました。ナイル川の水が血に変わり、蛙が群がり、ぶよ、あぶがエジプトに広がり、家畜に疫病が蔓延し、はれ物が人と家畜に生じました。また、雹が降り、いなごの大群が押し寄せ、暗闇がエジプトを覆いました。そして最後にエジプト中の初子が過越の出来事により打たれました。この10のしるし(災禍)を通して、ファラオはイスラエルの民がエジプトから出ていくことをゆるしたのです。この10のしるし(災禍)を通して神様は何を教えようとされたのでしょうか。

「それは、彼らのただ中でわたしがこれらのしるしを行うためであり、

わたしがエジプト人をどのようにあしらったか、どのようなしるしを行ったかをあなたがたが子孫に語り伝え、わたしが主であることをあなたたちが知るためである。」(出エジプト10:1b-2)

◆神様が教えようとしたことは、神様が主であるということです。力も権威も命も人のものではなく、神様のご支配の中にあるということです。この出来事は神様の言葉に従う者、従わない者の違いを見ることができます。また10番目のしるしは、イエス様の十字架を想起させます。救いの御業は神様からのものです。神様の言葉を信じたイスラエルの民と信じなかったエジプト、この違いは明確でした。新約の時代に入った私たちにとって、イエス様の十字架が私たちの救いです。私たちはこの救いの御業に感謝をささげるのです。

坂西恵悟