~オリーブの香り~ No 234 『暖かさを分かち合うクリスマス』

ふと、思ったことがある。

遠くベツレヘムまで旅をしたあげく、馬小屋にしか泊まれなかった。そんな中で幼子イエスが誕生したとき、父親のヨセフはどんな気持ちだったのだろう。


身重のマリアを気遣い、かばいながらの長い旅と激しい疲れ。聖霊によって身籠った、つまりは自分の子どもではないおなかの子ども、激しい葛藤はなかったか。

貧しくてちゃんとした宿屋が取れない自分のふがいなさ、理不尽な命令をする王皇帝への行き場のない憤り、妻マリアへの申しわけない気持ち。きっと胸が張り裂けそうな悲しみとやるせなさがあったことだろう。


その悲しみをいやしたのは、生まれたばかりの、一見何の力もない赤ん坊。ヨセフは貧しくて何ももたないその手で幼子イエスを抱いたから、ぬくもりを感じ、それが生きる希望になった。博士たちは、自分の財産を全部処分して作った宝物を捧げた。その何も持たない手でイエスに触れたから、喜びが大きくひろがった。虐げられ、何ももたない羊飼いもまた同様である。幼子イエスに触れることで救い主誕生の喜びを与えられたのである。


神様が愛するひとり子をこの世に賜った、その愛の暖かさとぬくもりはこのようである。クリスマスは、神様の愛という暖かさとぬくもりに触れ、お互いに喜びを分かち合う時でありたいと願う。


だから、手に持っているいろんなものを捨て去り、或いはみんなで分かち合い、すべてを捨て去ることが難しくとも、まず何より、手を伸ばし、ひたすら神の愛を求め、直接触れたい。そしてその手で多くの人と喜びと暖かさを分かち合いたい。


私こと「とうちゃん」にとっては、本当に多くのぬくもりと暖かさを与えられた一年だった。様々な心配事で精神や体が変になりそうになった時、えーっと思う病気になったとき、確かに、ただひたすらに神様の手に触れ、励まされたいと願った。神様は、友人たちの祈りという形で、様々な人々の暖かい態度や言葉で、良い医者や病院との出会いで、そして妻の手の暖かさで、私にお応えになった。奇跡のような一年。


さあ、「とうちゃん」よ、神様はあなたの暖かい手の働きを必要とされておられる。

多くの人々とともに、メリークリスマス!


by とうちゃん