今週の一面『荒野の祝福(1)』8/27

◆神様は、ご自分の愛する民に、「なぜ苦しみを与え、荒野の道を歩かせるのだろうか」、「荒野の生活は祝福だろうか」という疑問が常にあります。


◆荒野は人が住めない所であり、見捨てられた地です。しかし、聖書の答えは、「荒野の中におられるキリスト」に出会うためであると繰り返し語ります。それゆえ、荒野は苦しみと共に、栄光の主がおられるのです。


◆ノアの箱舟が、どうして恵みの場なのでしょうか。あの狭い箱舟の中、外を見ることもできず、一年間数多い動物達と箱舟の中に閉ざされているのです。しかし、箱舟は洪水の間は一番安全な所です。箱舟の特徴は、かいもなく、帆もないということだけではなく、舵もなく羅針盤もないのです。箱舟は風の吹くまま、水に流されるまま行くのです。


◆しかし、その箱舟の航海士が神様であられるなら、それよりもっと安全な所があるでしょうか。ソドムとゴモラは安全な場所ではありません。かえって、見捨てられた荒野がより安全な所であり、神様に出会う場所なのです。


◆荒野にはキリストがおられるのです。その方は苦い水を甘い水に変えて下さり、天からマナを雨のように降り注ぎ、岩から泉を湧き出させます。傷ついた心を癒し、罪ととがを赦して下さる幕屋となってくださいます。また、道を失った人生の火の柱、雲の柱となって下さいます。荒野は祝福の地であり、恵みの地なのです。

(続く)

石田政美