今週の風景 No.520

ヨセフ物語が続いています。

「運命でなく摂理」と言うキーワードがポイント。




Wikipediaで調べてみました。


運命

•人間の意志をこえて、人間に幸福や不幸を与える力のこと。あるいは、そうした力によってやってくる幸福や不幸、それの巡り合わせのこと。

•人生は天の命によって定められているとする思想に基づいて考えられている、人の意思をこえて身の上に起きる禍福。

•将来のなりゆき


摂理

•自然発生的に生まれ、よく均衡が保たれているシステムを神の御業に例える慣用表現。例:自然の摂理

•科学者などが上記のキリスト教の概念を模倣して用いる言葉。万物に適用される法則のことを「providence」(摂理)"と呼ぶことがある。(例.重力の法則)

•摂理 (神学) - キリスト教における概念で「すべては神の配慮によって起こっている」ということ。英語の"Providence(神意)" に相当する。


「すべては神の配慮によって起こっている」

まさにこれですね。

配慮を計画と置き換えると腑に落ちます。

なんとなくそうなる巡り合わせだったんじゃなくて、すべてのことには神様の計画が働いている。


三国志では「天地人」(天の時、地の利、人の和)と言う概念がありますが、キリスト教では、これらすべてを網羅して「摂理」(神様の計画)と捉えていると言えると思います。


私たち人間の考える計画なんてちっぽけなもので、すべてのことは神様の計画の中で進行していくので、あれがうまくいかない、これがうまくいかない、と思い煩うよりは神様の計画に任せる(ゆだねる)、「ゆだねきる」ことが大事だと思います。


また、起こった出来事に対して「神様が何をなさろうとしているか?」まず神様との対話が重要だと思います。

起こった物事自体よりも、なぜ神様はこの事を起こされたのか?と考えるクセ?が付いている必要があります。

これは頭で考えても出来ない事なので普段からのデボーションが大事だと思います。


選挙では都民ファーストが圧勝と報道されていますが、私たちは神様ファーストでありたいですね。