今週の一面 『信仰者には「絶望」の二文字はない』 8/30

◆聖書のヨブ記。それは、私たち信仰者にとって、ある意味で驚異です。すばらしい信仰をもっていても、実にこれほどまでの過酷な試練に、私たちは現実に遭遇するのだということをそれは物語っているからです。私たちのもっている信仰、それは、苦しみや困難や、災いにあわないための、お守りでは決してありません。


◆信仰者はその生涯の中で、自らがボロボロになってしまうほどの厳しい試練に、しばしば遭遇するのです。限界を越え崩壊してしまう寸前の、極限状態に達すような苦難をです。それは、当然のことながら、きれいごとではすまされない、現実の世界なのです。


◆けれども、信仰者の遭遇する苦難で、一点:ほかと際立って違う点があります。それは、信仰者にとって信仰をもって遭遇する苦難には、どれ一つとして意味のない苦難や試練はない、ということなのです。


◆一切はやがて必ずや益と変えられていく。ここで一つの苦難に出会うことによって、自らがまた一つ着実に成長し、一回り大きくなる。そして、その結果として、次回同じような試練に直面しても、必ず乗り越えていくようになるのだという希望に満ちた信仰による確信なのです。


◆「もうだめだ」と思わずあきらめてしまうようなその時にも、心のどこかでは、信仰による確信によって、そのことに対する主による勝利を、堅く信じて忍耐していくことができるのではないでしょうか。信仰者には「確信」の二文字はあっても、決して「絶望」の二文字は、ないのです。

石田政美