あなたの隣の困っている人に

先月佐賀教会での奉仕を終えて帰宅する折、羽田空港から乗った京急の電車の中で、ある外国の方から話しかけられました。「自分はTOYOSUに行きたいが、この電車はそこに行きますか?」ということでした。その電車は三崎口行きでしたから、蒲田からは豊洲とは反対方向に行きます。間もなく蒲田に着く時でしたので、私は、蒲田で電車を降りて、品川方面に行く京急に乗り換えなければならないことを説明しました。しかし初めて日本に来たその方にとっては、どこ行きの電車が果たして「品川方面」なのかはわかりにくいでしょう。京急はいろいろな路線と乗り入れていて便利ではあるのですが、それがかえって事を複雑にしています。更に、羽田から横浜方面直通の京急電車に乗って蒲田駅で降りた人が品川方面の電車に乗る場合は、着いたホームから一度階下に移動しないといけません。これらのことはややこし過ぎて、外国人に限らず、日本人であっても初めて東京に来られた方には難しいのではないでしょうか。

私はふと、初めて教会に来られた方は、これと同じような心境になるのではないかと感じました。毎週礼拝をしている人たちにとっては当たり前のようになっている礼拝の一つ一つの言葉や事柄も、初めての人には、それが何なのか、何のためにこれをしているのか、自分はこの時どのようにすればいいのか、と戸惑うことも少なくないのではないでしょうか。「賛美」「御言葉」「献金」「祝祷」などの言葉や、その時どう振舞ったらよいのかわからずに困っている方がおられる時、あなたはどのようにその方に寄り添いますか。

“わたしの兄弟であるこのもっとお小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである” マタイによる福音書 25章40節