イースターおめでとうございます。主イエス・キリストの復活を心からお祝いしたいと思います。
私の母は昔から「無駄づかいしちゃだめ。節約しなさい」と言って、ビニール袋や包装紙、それに空き箱や空き缶を捨てずに取っておく癖があります。「いつか使うんだから」と言うのですが、気がつけば家の中は足の踏み場もないほど物があふれています。そして使いたい物が使いたい時に見つからないので結局新しい物を買うはめになる無駄づかいをしているように思えます。
無駄づかいはしないほうがいいに決まっていますが、節約することそのものが目的になっていると、何のために節約しているかを見失い、結果的に無駄づかいすることになっているような気もします。教会でそんなことがあったらどうなるだろうとふと思いました。「教会財政を考え電気の無駄づかいをやめよう」と電気やエアコンの消し忘れのないようにしようというのは良いのですが、いつしか「電気代もったいないから夏の冷房や冬の暖房を使用せずに皆我慢して礼拝しよう」とか「電気代節約のために礼拝するのをやめよう」なんてことになったら、本末転倒です。節約の名の陰に主なる神様を覆ってしまうようなことがあってはいけません。
イエス・キリストの復活をお祝いするイースター。私の罪のために、イエス様は十字架で苦しみ死なれました。これこそ究極の無駄づかいかもしれません。しかし、神様の深い愛が私たちに惜しみなく注がれたのです。そして、それは、その先にある復活という大きな希望へ続く恵みとなりました。主の愛に感謝し、共に復活の主を礼拝しましょう。
“わたしが与える水はその人の内で泉となり、永遠の命に至る水がわき出る。”
新約聖書 ヨハネによる福音書 4章14節
