「内視鏡検査」

2026年3月15日 礼拝メッセージ概要
聖書箇所: ローマの信徒への手紙12章9~16節
牧師 山中臨在

私たちの生きている日常には、病気の苦しみや家族の介護、経済への不安、人間関係の悩み、また自然災害や戦争など、さまざまな困難があります。そのような現実の中で、聖書は「希望をもって喜びなさい」と語ります。しかし、希望を持てない人にとって「希望を持ちなさい」と言われても、簡単にそうできるものではありません。喜びたいと思っても喜べない、希望を持ちたいと思っても持てない、そういう現実が私たちにはあります。

今日の聖書箇所では、この言葉は一人の個人に向けられているというより、教会という共同体に向けて語られていることが分かります。聖書は「聖なる者たちの貧しさを自分のものとして助けなさい」と語り、また「喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい」と勧めています。つまり、隣人の苦しみや痛みを自分のこととして受け止め、共に歩むようにと招かれているのです。

しかし私たちは、自分のことで精一杯で、他者のことまで思いを向ける余裕がないこともあります。そのような私たちに、聖書は「絶えず祈りなさい」と勧めています。互いのために祈り合う中で、私たちは自分もまた誰かに祈られている存在であることに気づきます。そこに励ましがあり、希望が与えられます。
東日本大震災のとき、多くの地域で停電が起こりました。そのとき私たちは、自分だけでなく隣の人も同じ困難の中にいることに気づかされました。さらには、自分よりもさらに厳しい状況に置かれている人がいることにも思い至ります。そのように他者のことを自分のこととして思うとき、私たちは一人ではないことに気づかされます。

健康診断で行われる内視鏡検査は、体の内側の状態をはっきりと見ることができます。同じように、私たちの信仰にも、自分では見えていない部分を神様に照らしていただく必要があります。私たちは自分では愛しているつもりでも、本当に隣人を尊んでいるだろうか、高ぶってはいないだろうか、自分中心になってはいないだろうかと問われます。そのために必要なのが、御言葉に聞き、祈ることです。

御言葉と祈りを通して、神様の内視鏡検査をしていただいて、早くに神様に癒していただく、神様に信頼して歩んでいく、そのような信仰生活を送りたいと思います。そしてまた、祈りの中で互いを覚え、隣人のことを自分のこととして祈りながら、希望が与えられ、共に歩む教会でありたいと願っています。