2026年2月15日 礼拝メッセージ概要
聖書箇所: コロサイの信徒への手紙3章16~17節
牧師 山中臨在
今日のメッセージでは、御言葉を受け取ることの大切さについて語られました。中心聖句である「キリストの言葉があなたがたのうちに豊かに宿るようにしなさい」(コロサイの信徒への手紙3章16節)から、御言葉はただ聞くだけでなく、心に住まわせるものであると示されました。
牧師は中学・高校時代のバスケットボール経験を通して、パスを受けることの重要性を語りました。ボールはただ受け止めるのではなく、一度自分の方に引き寄せて受け取ります。同じように、神様から与えられる御言葉も、急いで通り過ぎるのではなく、しっかりと自分の内に受け止め、味わうことが大切です。
しかし御言葉の中には、時に受け取りにくいものもあります。厳しく感じたり、今は聞きたくないと思ったりすることもあります。それでも、神様は私たちには見えない最善の計画を備えておられます。「私はあなたたちのために立てた計画をよく心に留めている。それは平和の計画であって災いの計画ではない」(エレミヤ書29章11節)と語られるように、神様の思いは将来と希望を与えるものです。
実際に、深い悲しみの中で御言葉を求めて教会を訪れた一人の女性の証しが紹介されました。かつては虚しく響いた聖書の言葉が、賛美と祈りの中で生きた慰めとして心に届いたのです。同じ言葉であっても、神様の時において受け取るとき、全く違う力をもって働きます。御言葉は知識ではなく、生きているものなのです。
忙しい日々の中で、私たちは神様からの「パス」を取りこぼしてしまうことがあります。しかし今この時に与えられている御言葉を丁寧に受け止め、よく噛みしめるとき、私たちは主の名によって歩む者へと整えられていきます。互いに祈り合い、励まし合いながら、御言葉を豊かに宿す群れとして歩んでまいりましょう。
